Luminar 4 Nikon D5 ルミナー4 現像の話

写真の世界もAIか Luminar 4

ソフトウェア・トゥーの方から昨年末、「是非ともお試しください!」とRAW現像ソフト【Luminar 4】のライセンスコードを提供していただいていた。

Luminar 4のキャッチコピーは「あなたの写真を、一段階上のレベルに。画像管理、RAW現像、高度な画像編集も可能。プロフェッショナルに必要なツールであなたの写真をより魅力的に。」だ。

ツールなどを良く見てみると、人工知能、つまりAIという言葉が良く出てくる。ついにRAW現像ソフトにもAIの進出が始まったわけだ。

多忙を極めていたことは軽い言い訳で、Luminar 4をメインPCにインストールをするのを躊躇していた。ライセンスコードを無料で提供されていながらである。無関心をよそおい、知らぬふりもやろうと思えば、できた。

AIスカイリプレースメントで空を入れ替えたり、AIスキンエンハンサで毛穴や肌の質感、髪の毛を保持しながら顔だけでなく全身の肌を検出して滑らかにしたり、AIストラクチャでは人物や顔、水、建物などを対象物認識機能によってディテールを強調すべき部分と強調させたくない部分を自動判別して最適な補正を加えるなどといった革新的な技術が、AI、そう、人工知能によって動作するのだ。

まあ、これに拒否反応を示すことは簡単だが、ヒコーキでいえばA350XWBやB787に拒否反応を示すこととそう遠くない気もする。

自動車の自動運転もしかり。世の中はどうやら人の労力を介さずに物事を進めていく方向へと突き進んでいるようだ。

「5年後にはDxO PhotoLab3などの現像ソフトをテーマにセミナーはやっていないと思う」とド本気講座の中で語ったことがあるが、それは本心だ。

Luminar 4に関していえば、まだまだ不完全な部分があると思われるが、自動的な加工でここまできたのか!と愕然とする側面もある。

それがプロフェッショナルなニーズに合っているかは別として、写真の表現を広げて楽しむことにおいては大いに貢献する現像ソフトといっていい。

好き嫌いは別の話だよ、これは。

ま、何はともあれ写真を見ていこう。

トップのANAのR2-D2の写真もそうだが上のB777-300ERの写真も宇宙を目指すANAらしさを表現している。月の欠けた部分は星が透けて見えることなど実際にはあり得ないし、大きさのバランスもおかしいが、ここで語るべきはリアリティの追求ではなく、イメージ先行のビジュアルとして捉えられるかどうかの問題だ。

もしANAからの依頼で「宇宙を目指す弊社のイメージをビジュアル化したい」といわれて、担当者が星空にこだわったら、遠からずこのようなビジュアルも提案することだろう。

以前、月とヒコーキの合成を講座で行っている方がいる事実を記載したことがあるが、あれ以上のことを日常的に10年以上前から所属していたスタジオではクライアントのニーズに応えるべく複数名のレタッチャーたちが奮闘していた。

私が撮影した写真も単なる合成素材として使われていることもあり、写真に対するこだわりが人一番強かったことから、内心妙な反発心があったことは否めなかった。今振り返ると、まだまだ写真の力が未熟で、素材としての写真しか撮らせてもらえなかったのかもしれないが。それでも百貨店のモデル撮影や、食品、宝石、靴、ハンドバックなどあらゆる撮影を経験できたことは今に脈々と生きているから、そのスタジオには感謝しかない。

やや話が逸れたが、妙なこだわりを持つと自らの首を締めることになることをそれから痛感する。結果的に1枚の「写真」に対するこだわり通すためにスタジオを辞めて、航空写真家を目指すこととなるのだ。

そういう意味では、この投稿でアップロードする写真たちは、本意ではないし、今後もこのような使い方は特殊な場合を除いてないだろう。

これができるなら、いい空を撮っておいて、ヒコーキを曇りだろうが晴れだろうが素材として撮っておいて、あとでLuminar 4を使えばいいや、となってしまう。

厄介なのは、上の写真も簡単にできてしまうことだ。

実は昨年、ある筋では「合成疑惑」が大いに話題になった。

「ヒコーキの位置がおかしい」「花火が綺麗に写りすぎている」など、いろいろなところから耳にする嫌な1年でもあった。

とある写真家が審査員を務める空港主催のフォトコンでは「RAWデータも提出してもらう」と聞いて驚いたものだ。

「性善説で成り立つと思われていたフォトコンというものに、性悪説をベースにしなければならないのはいかがなのか」とその筋では議論にもなった。ただ、風景写真のフォトコンでは合成がよく見られるとの話もあり、審査する側の見極める力が問われている時代でもある。

もちろん、シレッと合成した写真を作品として応募してくる方のモラルの問題でもあるのだが。

↑Luminar 4にて作成。

では上の写真はどうだろう。青空をはめたからといって作品レベルにまで昇華するかどうかは別だが、背景の空をAIスカイリプレースメントで入れ替えている。

下の写真がオリジナルだ。

AIの凄いところは、機体に対しても背景の空とできるだけ自然と馴染むように調整していることだ。

↑Luminar 4にて作成。

上の写真はどうだろうか。シドニー空港で撮影したQUATASのA380だ。わかりやすいように、同じ空で置換えてみた。

要するに、単体でこの写真を見せられたとき、空がAIスカイリプレースメントなどで入れ替わっていることを見抜けるかどうか。

オリジナルはこちら↓

違和感ある?。

少しづつ際どいものにしていくけれども、上の写真もLuminar 4にて作成している。

下の写真がオリジナル。

「おお!ドン曇りの日でも希望が持てるじゃないか!」と思う?。まあ、このぐらいから「怪しいソフトだな」と捉えるか「Luminar 4やるじゃん!」と捉えるかが別れそう。

このぐらいまで来ると「レタッチ=ズルしている」という、いまだにくだらないことを言うがいるけれども、そんな人がこの世界を知ったら気を失うんじゃないかというレベル。

RAW現像ソフトというよりも、合成ソフトとして認識されそうだ。

さ、どんどんいこう。↑Luminar 4にて作成。

太陽の光軸に矛盾が少なく、かつ全体のトーンとしてまとまりがある場合、見極められるか。

ただ、この論点で進めると、『作品から合成をあぶりだせ!』みたいになってしまうが、ここまで完成度が上がってくると怖い。少し。「柱の足りないのを足しておきました!」のレベルではない、明らかに。また、黒板の日付を書き換えておきました!のレベルでもない。

で、オリジナルがこちら↓。

しかしながら、これ、見抜けるかな、本当に。

↑Luminar 4にて作成。

ここまでいけば、やや「ん?」と感じるかも。ちなみに、Luminarの公式アカウントによると、こういう作品を「ルミってる」というらしい。うまくルミれているのかは分からないけれど。

↑Luminar 4にて作成。

これは見事というしかないレベル。

いやね、ここでいいたいのはLuminar4を否定する気は全くなく、新時代到来を告げる素晴らしいソフトであるといいたい、というだけでも、ない。

全否定も全肯定することには関心がなく、Luminar4よって撮影する楽しみ、写真を現像、編集する楽しみ、深みが広がれば良いし、さらには限界を感じることもとても大事なことだということだ。

今や、「1m右横でホバリング」と打ち込めば、ヘリコプターが現在飛行している空間から1m右横でホバリングしてくれる時代なのだ。操縦桿を巧みに操る技術がすべてではなく、極論をいえばボタン一つで目的が果たせる時代になりつついま、写真の世界にもその概念と技術が浸透してきつつあることを受け止めるべきなのだ。

「性に合わない」「こんなの写真ではない」「こんなソフトだしやがって」という声があるのも知っている。私がインストールを躊躇していたのも、心のどこかには「これで写真が表現できるのか」と否定的に捉えていた気持ちが正直あった。

しかしながら、実際に使ってみて思うのは、答えまでのアプローチが簡単になり、時短化されることによって効率化が図られる世界があったも良いということだ。

以下、Luminar 4で作成した、もとい、過去の写真を改めてルミってみた写真たちを並べておく。

さて、結論だが、一度はルミってみてもいいかも!

思考を前に進めつつ、分離して考えれば良いだけのこと。

「こういう分野もあるんだな」という事実と、AIというものの捉え方。

結局、心が動き、ときめきながらシャッターを押すのは人間。

カメラやレンズ、現像ソフトなどがどれだけ進化しようが、人が感動してシャッターを押すという行為は、何も変わらない。

手段の一つとして、表現方法が変わり、かつ増えたことを歓迎すべきと思う。

一番大切なのは、撮りたいという想い。こう表現したいとマグマのように湧き出る魂からのチカラ。

それらを具現化する手段の一つとして、ルミったら良いのができたぜ!というのがあっても、それはそれで良いのかもしれない。思う存分楽しむべし。

ただし、フォトコンの応募だけは気をつけよう。合成NGの縛りがなければ、使用ソフトに「Luminar 4使用」と堂々と書こう。

合成作品を作品として認めないのから、世の中の広告はほとんどがアウトだもんね。もちろん、普段撮る写真と広告写真とでは目的も意味も意義も違うから、並列では語れない。

「写真作品」にこだわるのであれば、あくまでも「写真」の範疇で表現しよう。

面白い世界になってきたではないか。

これだけ表現の自由がある中で、もしモノクロームの真摯な作品がフォトコンでトップを飾るとなれば、それは写真の本質がこれからのソフトができてきても変わらないことを意味しているし、もしルミった作品でも人々の心に衝撃と感動を与えるのなら、それも素晴らしいことと認めるべきだ。

どの世界でも新しい血を入れ、新鮮な切り口を見つけることは必要と思う。

Luminar 4に関してはソフトウェア・トゥーさんのサイト内のこちらをご参照あれ。デモ版もありますよ!

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