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【2019.6.26 自分の中のOKラインの確立】

Nikon D5   AF-S NIKKOR 600mm f/4E FL ED VR 
AF-S TELECONVERTER TC-14E III  
1/500 f8  ISO800
JPGFINE撮影 PhotoshopCCでトーン調整

写真に正解はない、と言われるけれども、実は正解がないこともない。

正解を知っていて、OKラインが自分の中で気付けるか、もしくは築けるか。

その結果で作品の良し悪しが残念ながら決まってしまう。

Nikon D5   AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VR   (80mm)
1/500 f8  ISO800
JPGFINE撮影 PhotoshopCCでトーン調整

プロとアマの違いって何だろう。

「写真を生業にしている」と答えれば明確か。

写真で飯を食うって、ある意味とてもクレイジーだなとも思う。

こんなにスケジュールなどを含めて不安定な職業はないし!。

フリーランスという名を持つ人間の宿命ではあるんだけれど、なんの保証もない中で日々戦っている。

もちろん、サラリーマンも戦っているとは思う。

まずは依頼されて撮る写真がきちんと、期待通りに、またはそれ以上に撮れるというのもプロとして必要。

好き勝手に自分が「これがいい!!」と納得する作品を、時間やお金をかけて気ままに撮るのとはやや系統が違う。その気ままな写真を作品としても撮るんだけれども、食べていけるプロのフォトグラファーは、依頼にされる内容に適った写真が撮れてナンボ。

それを毎日のように繰り返している気力と体力とやる気を持ち合わせた人たちを、プロフェッショナルと呼ぶ。

そうなると、単純にそれぞれの作品を並べて、上手いの下手だの、だけでは語れない世界であることが少しは想像できるかな。

Nikon D5   AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VR   (195mm)
1/250 f8  ISO400
JPGFINE撮影 PhotoshopCCでトーン調整

さて、話をOKポイントに戻すと、プロはOKポイントが確立されているし、していて欲しいし、しかもそれが高い位置で確立されているし、確立されていて欲しい。

23歳の時に写真スタジオのカメラアシスタントとして入社してから23年。

その間に少〜〜しずつ高まってきているであろう、自分のOKポイント。

「いいじゃん!」とは思うけど「これで十分!」とは思えず。

こうやって死ぬまでOKポイントを高めたり広げたり、時にはひっくり返してみたりしながら歩んでいくのだろうね。

【2019.5.7】映えの功績か、功罪か

インスタ映え、という言葉が当たり前になって久しいが、WEB上でのみ写真を楽しむことが増えた。

もっと言えば、スマホ上のみで写真をアップして、閲覧する習慣が激増している感覚がある。

見た目のインパクトを求めてあらかじめ用意されたフィルタでエフェクトを効かせて、写真、というか画像を楽しむことは決して悪いことではない。

ハイコントラスト、高彩度、HDRぽいものから、本格的なモノクローム調まで様々な楽しみ方があるのは、手軽さも含めて楽しさはある。

雑な言い方をすれば、いままでフォトレタッチャーが人を惹きつけるビジュアルを制作する為に、Photoshopなどのツールを駆使して写真をレタッチしてきた。

巷で出回る一流広告レベルまでにはほど遠いが、レタッチャー気分に浸る感覚さえも忘れるぐらいの手軽さで、容易にレタッチできる手段を手に入れた我々は、写真を遊び道具として楽しんでいる。

ところが、大袈裟に言えばその世界観を「写真道」に持ち込もうとすると、拒絶反応されるのがオチだ。

「オーバーコントロール」。「やりすぎ」。「写真ではない」。などと酷評を受ける。

アリか、ナシか、の振れ幅の大きな議論が始まってしまいそうだが、こう考えてみてはどうだろうか。

「一度は振り切ってみればいい」。

現像での悩みの中に「どこまでやっていいかわからない」というものも多く聞かれる。

いわゆる、「いい塩梅」、「よきところ」が明確になっていない。

それらは自ら築き上げていくしかないのだが、映え過ぎてもいいから、一度いくところまで行ってしまおう。

映えを否定して何もしないよりは一度振り切って戻ってきたときに、「このぐらいならいいかも」と気づいて見えてくることもあるかもしれない。

あえていうなら、「オーバーコントロール」を恐るな。気をつけてばかりいては、何も始まらないし、何も変わらない。

気をつけるのは、どこまでが「オーバーコントロール」なのかが、明確に理解してからのことだ。

結果ではなく、過程のことなので、慎重な部分の話ではあるけれども、これだけは言っておきたい。

【2019.5.6】いったい、何が、撮りたいんだ?

いまでも心に残る。

大学生の頃。ヒコーキを夢中に撮影し始めて、少しこなれた頃。

生意気にも「ちょっと狙い通りに撮れているかも」なんて思っていて、写真の世界の人ではなかったけれども、影響を受けていた先輩に写真を見せた。

見終わってから一言。

「いったい、何が、撮りたいんだ?」

え? と思わず声が出てしまったが

「ヒコーキですよ、ヒコーキ」

そう答えたが

「何も伝わってこないよ」。

花が撮りたいの?

空が撮りたいの?

それとも、山が撮りたいの?

たぶんね、このやりとりが私のヒコーキ写真の方向性を定めてくれたターニングポイントだったように思う。

画面いっぱいにドアップでヒコーキを撮ればいいわけではないが、主題として「嗚呼、深澤はヒコーキを撮りたかったんだな」ということがストレートに伝わる写真。

それからの試行錯誤、構想、妄想。失敗と試みが、財産だなと思える。

誤解されることを恐れずに書けば、花や空を取り入れて撮るヒコーキ写真も素晴らしいのだが、私としては、やや置きにいっている写真、という認識があるのだと思う。

渾身のストレートを投げ込みたい、という単純さが私には合っているといえばそれまでだが、そのストレートがべらぼうに速く、体重が乗った重い球でありたい。

その速さと重さが、人の心へ届く、響く球質だ、と思っているんだろうね。

大人になって、プロになって、緩急も使えるし、場面場面で器用な使い分けはできるようになったが、ここぞのストレートは、誰にも負けたくない。

と、このようについつい野球に例えてしまうと

「野球を知らないから、わかんない、、、」と言われてしまう(笑)

【2019.5.1】最終形態によって変わるシャドウ部の扱い

写真の仕上げの話ね。

晴天順光での撮影時に機体の白が飛ばないように(トーンが残るように)露出を設定すると、機体や主翼下部、エンジン内のシャドウ部は黒く潰れ気味に(トーンがない黒に近い)なる。

これは当然のなりゆき。

このANAのB777-300ERの写真はJPG撮りっぱなしだが、ポジフィルムで撮ったら上の写真よりもシャドウ部が真っ黒になっていた。その辺の感覚はポジフィルム経験者にしかわからないことかもしれないが、つまりデジタルカメラによる画像再現能力は近年目覚しく進化しており、階調豊かな写真に仕上がりつつある。

ところで、なりゆきに従っている写真を見て「シャドウが暗すぎる」と指摘される方もたまにいるが、シャドウ部を持ち上げすぎてシャビシャビな気持ちの悪い写真を見せられても、心を揺さぶる写真ではない場合が多い。

理由を聞けば、デジタルは現像でシャドウ部を起こせるのだから、起こすべきだ、ということだろうか。

写真の仕上げに関しては、一律ではないと思っている。つまり、写真の最終形態に合わせた「最適化」の概念が必要だ。

ウェブで見せるのか、プリントで仕上げるのか。はたまた印刷されるのか。

その最終形態によって、例えばコントラスト調整もやや変えるし、機体の白部分のRGB数値さえ変える。

最終形態に「最適化」する感覚でトーン調整を行い、やや余裕を持たせた状態の16bitTIFFを「ワンソース」とする考え方を「航空写真家深澤明のド本気講座」でも触れているし、昨年発行した「ド本気バイブル」にも明記してあるが、ご興味にある方は次回講座の告知をお持ちいただきたい。

一つだけ明確にしておきたいのは、例えばプリントが最終形態の場合、トーンジャンプや色の飽和など、写真的に破綻していないことが大前提となる。

要するに、現像時に派手に見えるようにパラメータを動かしすぎたことが原因の一つかもしれないが、一番重要なのは作品としての撮影者の意図が込めらているかどうかだ。

コントラストが高すぎることだけが減点の対象となっていてはいけないというのが私の持論だ。

写真を見る側が、あるいは評価する側が、現像を突き詰めて研究し尽くし、本当の意味でも「やりすぎ」な現像を知っているかどうか。

撮影した写真を何もしないに等しい人からすれば、少しでも追い込んだ写真は「やりすぎ」になるし、何もしない写真を「いい写真だ」というだろう。

誤解しないで欲しいのは、何もしないのがいけないのではない。

一番の理想は、シャッターを切っただけの写真が、自分の思い通りの仕上がりであること。

そこに行き着くこともあるし、ない場合には現像で自分のイメージに近く仕上げていく。

ただ、この手の話の展開でしっかりと押さえておかなければいけないことは、目の前に繰り広げられている光景を忠実に再現しようとするのか、自分なりの視点や思考で捉えていこうとするのか。

実はそこが第一の分岐点だ。

見たままに再現できたときに喜びを感じる人と、自分なりの解釈で人とは違う世界を表現できたときに喜びを感じる人がいるのは、何となくお分かりだろう。

どちらが良い悪いではない。大前提の問題。

話が尽きないが、ここって結構重要。

JPG撮りっぱなし。ウェブやプリントは白の抜けと黒の締まりがキーポイント。
RAWデータをDxOPhotoLab2で現像し、シャドウ部を起こし、全体のトーンをやわらかくした。

シンプルに言えば、上はウェブとプリントに適した写真データで、下が印刷に適した写真データ、といったところ。

ウェブやプリントで重要なのは、白の抜けと黒の締まり。それは印刷にも言えることなのだが、印刷はコントラストが高いよりやわらかいトーンの方が親和性が高い。

単に「やりすぎ」では片付けられない奥深さが、何となく伝わるかな。